キャリア相談を受けて、転職をやめた人の話


キャリア相談を受けて転職をやめた、という結末になることがある。

「転職活動、一旦止めることにしました」

2ヶ月ぶりに届いたメッセージはそう始まっていた。34歳・商社営業のAさん。最初の相談で「もう限界です」と言っていた人が、転職しないという結論を出した。


転職しなかった人のその後

Aさんから連絡が来たのは、その後3ヶ月後のことだった。

「転職活動をやめた後、上司に一度だけ直接話してみました」という内容だった。関係が劇的に変わったわけじゃないけど、「少し楽になった気がする」とあった。転職活動をやめたことへの後悔はない、とも書いてあった。

転職しないという選択が正解だったかは、まだ分からない。でも「何が嫌だったのかを整理した上で動いている」という状態は、最初の相談のときとはっきり違う。その差が、長い目でどこかに出てくると思っている。

転職という選択肢が消えたわけじゃない。Aさんが来年転職するかもしれない。でも今の選択は、情報がある状態でした選択だ。それは最初の「もう限界です」から動こうとしていたときとは、質が違う。

「もう限界」から始まった相談

最初の相談では、転職する気が固まっているように見えた。

会ってみると、話は上司への不満から始まった。指示が変わる、評価が不透明、感情的に怒鳴られることもある。「こんな環境にいても成長できない」「このまま35歳になりたくない」。言葉に詰まりながら、でも整理されたように出てきた。転職先の候補もいくつか見ていた。動く気持ちは固まっているように見えた。

1回目の相談は、話を聞くことに徹した。


3回目に出てきた言葉

本音は3回目以降に出る。これはAさんの場合も同じだった。

3回目の終わりごろ、ふと「今の仕事、嫌いじゃないんですよね。なんか変なんですけど」という言葉が出てきた。転職したいと言いながら、仕事自体は嫌いじゃない。

そこで一つ聞いた。「今の仕事で、誰かに感謝された経験がありますか」。

少し考えてから、「先月、担当先の社長に『あなたに任せて正解だった』と言ってもらえました」と返ってきた。

「それ、めちゃくちゃいい仕事してますよね」と言ったら、少し黙っていた。


問題の構造が変わった

Aさんの「限界」の9割は、仕事ではなく上司との関係だった。

Aさんが「限界」と感じていたのは、仕事そのものではなかった。上司との関係が9割だった。上司が変わるか、部署が変わるか、自分の関わり方を変えるか——その3つのどれかを試していないまま、「転職」という選択肢だけを検討していた。

ミスマッチを感じたとき、原因が「仕事内容」なのか「環境・人間関係」なのか「タイミング」なのかで、打ち手は全然違う。Aさんの場合は、明らかに「環境・人間関係」だった。

転職して環境を変えることも一つの答えだ。でも「今の環境で打てる手を試したか」という問いには、まだ答えていなかった。


2ヶ月後のメッセージ

2ヶ月後、Aさんは転職活動を止めていた。

「相談してよかった。転職することだけが選択肢じゃないと気づけた」

正直に言うと、この言葉をもらうたびに、少しだけ照れくさくなる。僕がやっていることは、答えを出すことじゃなくて、整理の場を作ることだけだから。答えはAさんの中にあった。



「転職する気」が固まっている人の方が、本音が遅れる

Aさんのケースで印象的だったのは、最初の来方だった。

最初の相談に来たとき、Aさんは転職先の候補まで調べていた。「ここが良さそうで」と具体的な会社名まで出してきた。転職する気が固まっている人の話し方をしていた。

でも、こういう来方をする人ほど、本音が遅れて出ることが多い。最初から「転職したい」という結論を持って来ていると、それを前提にした話が続く。「どの会社がいいか」「いつ動くべきか」という問いになっていく。「本当に転職したいのか」「仕事が嫌なのか上司が嫌なのか」という問いが後回しになる。

3回目になってAさんから「仕事自体は嫌いじゃないんですよね」という言葉が出てきたとき、少し空気が変わった気がした。こういう言葉は、自分でも気づいていないことが多い。頭の中では「転職する」という結論で整理されているから、「仕事は嫌いじゃない」という事実が邪魔者扱いされていた。

相談は、整理しなおす場所だと思っている。「転職したい」という気持ちを疑うためじゃなくて、その気持ちの下に何があるのかを見るための場所。

転職しない、が正解になるとき

「転職したい」という気持ちの裏にある不満の多くは、転職しなくても解消できる。相談を重ねてきて、そう感じることが増えた。上司が変わる、部署が変わる、仕事のやり方を変える——環境の変え方は転職だけじゃない。

Aさんのケースでいえば、問題の9割が上司との関係だった。その上司がいなくなる可能性があるなら、同じ会社に残ることが正解になりうる。でも一人で考えていると、目の前の不満に引きずられて「転職する/しない」の二択しか見えなくなることがある。相談はその二択の外にある選択肢を一緒に探す時間だと思っている。

相談を「転職の背中押し」に使わなくていい

キャリア相談に来る人の多くが、「転職を背中押ししてもらいに来た」という目的で来る。でも相談の中で、それが唯一の目的じゃなくなることがよくある。

「転職したいと思っていたけど、話してみて、まず今の環境で試せることが残っていると気づいた」というのは、相談の中でよく起きることだ。それは「転職をやめた」という結論ではなく、「自分がどうしたいかが整理できた」という状態だ。

Aさんの場合もそうだった。最初は「転職する気が固まっている」と思っていた。でも相談を重ねて「仕事自体は嫌いじゃない」という言葉が出てきたとき、問題の構造が変わった。それが見えると、転職という選択肢だけが解決策じゃなくなった。

キャリア相談を「転職を後押ししてもらう場所」だと思っている人が多い。でも実際は、転職しないという結論が出ることも、普通にある。

転職エージェントとキャリア相談の違いを聞かれることがある。エージェントは転職先を探すことがゴールになる。キャリア相談は「あなたはどうしたいか」を一緒に整理することがゴールで、転職しないという選択が出てきても、それはそれで正解だ。

Aさんの話がうまくいくかどうか、まだわからない。でも「自分が本当に嫌なのは何か」が見えた状態で動いている今のAさんの方が、最初の相談に来たときより、ずっと落ち着いて見えた。それで十分だと思っている。

「相談してよかった。転職することだけが選択肢じゃないと気づけた」という言葉は、毎回少し照れくさいけど、それが一番うれしい言葉でもある。「転職する/しない」より、「自分が何を大切にしているか」が見えた状態で動いていることの方が、長い目で見て大事だと思っている。


最後に一つ。転職しなかったことを「正解」と呼ぶのは、まだ早いかもしれない。Aさんが何年後かに転職するかもしれないし、転職しないまま仕事を変えていくかもしれない。キャリアに正解を貼るのは、振り返ったときだけできることだと思っている。

ただ、「自分が何に困っているかが見えた状態で動いている」という事実は、最初の相談のときと大きく違う。それが手に入れば、転職しても転職しなくても、次の選択の質が変わる。相談はそのためにある、と僕は思っている。照れくさいけど、毎回それが本音だ。

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Syun

早稲田大学ラグビー部出身。大手外資系コンサルを経て、32歳でフリーランスのキャリアコンサルタントとして独立。サウナとルーティンをこよなく愛する。

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