社会人1年目のリアルなギャップ。誰も教えてくれなかった学生との違い
社会人1年目って、思ってたより全然違う。学生時代に想像してたギャップが、入社初日から静かに積み重なっていく感じ。
入社して最初の一週間、正直ずっと緊張してた。
研修で「なんでも聞いてください」って言われるんだけど、何を聞けばいいかも分からなくて。聞き方が分からないって、こんなに困ることなんだと初めて知った 😳
あのころは毎日「なんかできてないかも」って不安で。誰かにそれを言える空気でもなくて、一人でずっと抱えてた気がする。
メールが怖かった
学生のときのメールって、友達か教授くらいにしか送らないじゃないですか。
社会人になって最初に驚いたのが、メールの量と、書き方のルールの多さ。CC・BCC・件名の付け方・返信のタイミング。誰も教えてくれないけど、なんとなく「常識」として扱われてる感じ。
入社2週間目に、上司へのメールで件名を空白のまま送ってしまって。その場で優しく指摘してもらったんだけど、帰りの電車でじわじわ恥ずかしくなってきた 😮💨
小さいことなんだけど、そういう小さいことで消耗するのが1年目だと思う。
あと、返信のタイミングも悩んだなぁ。早く返しすぎると「即レスしすぎ」ってなるのかなって気になるし、遅すぎても怖いし。答えが見えなくて、ずっともやもやしてた時期があった。
「報連相」って言葉の重さ
これ、学生のころ聞いたことある人も多いと思うんだけど。
実際に働き始めると、報連相って思ったより奥が深くて。タイミングが早すぎても「まだそんな段階じゃないよ」ってなるし、遅すぎると「なんで早く言わなかったの」ってなる。
営業配属だったので、お客さんとのやりとりを上司に共有するタイミングを毎回考えてた。最初の半年は、これだけで頭の半分くらい使ってた気がする。
慣れるのに、私は1年くらいかかりました。正直、1年でも早い方じゃないと思ってる。
思ったより「待つ」時間が多かった
これは完全に想定外だった。
なんか、社会人ってずっと動いてるイメージがあったんですよね。でも実際は、会議の前後に待つ・返信を待つ・承認を待つ、みたいな時間がけっこうある。
その「待ち時間」を最初どう使えばいいか分からなくて、なんとなく席でぼーっとしてたら上司に「次の提案の準備してる?」って言われて。あ、その時間でできることがあるんだ、ってなった。
待つ時間を自分で埋められるようになったのが、わりとターニングポイントだったかもしれない。
全部「当たり前」として扱われること
一番きつかったのが、これかもしれないです。
誰も丁寧には教えてくれなくて、でも知らないと恥ずかしい扱いになることが多くて。会社って、「このくらいは知ってるでしょ」の基準が人によって全然違うんですよね。
入社5ヶ月目くらいのとき、社内の書類を間違ったフォーマットで提出してしまって、総務の方に直接「これ、違いますよ」って言われた。本当に知らなかっただけなんだけど、すごく恥ずかしかった。「なんで知らなかったんだろう」って家で引きずった。
知らないことを聞けなくて消耗してた時期、もう少し早く割り切れればよかったな、とは今でも思う。「知らないのは恥じゃない」って言葉は聞いたことあったけど、現場ではなかなかそうは感じられなかった 😔
1年目に気づいたこと
しんどかったのは確かだけど、あの1年に教わったことはけっこう多かった気がしていて。
知らないことだらけだったから、全部が新鮮だった。上司の話し方、お客さんへの対応の仕方、できる先輩の動き方。自分にインプットする準備が、あのころいちばん整ってたかもしれない。消耗してたのに、なぜか記憶に残ることも多い。
しんどいのと、濃いのって、同時に来るものなのかも。
☕ カフェでこれを書きながら、入社当時の自分のことを思い出してた。あのころは毎日小さいことで疲れてたな、と。でも今となっては、あの1年目がいちばん密度が高かった気もする。なんか不思議。
「できないこと」の受け取り方が変わった
1年目のしんどさを振り返ると、「できないこと」への受け取り方が今とまったく違っていた気がする。
当時は、できないことが出てくるたびに「向いてないのかも」と直結してた。メールの件名を空白で送っても、報連相のタイミングを間違えても、全部が「私はダメだ」という結論に向かってた。できないこと一個が自己評価全体を引き下げるような感覚で、それが地味に消耗した。
変わったのは「できないのは今だけで、変えられる」という受け取り方ができてからだった。件名を空白で送るという具体的なミスは、次から件名を書けば解決する。報連相のタイミングは、慣れと経験で変わっていく。「できない」は状態であって、能力への判定じゃなかった。
1年目のしんどさって、「できないこと」自体より「できないことをずっと自分のせいにしていたこと」の方が大きかったかもしれない。今は後輩が同じような状態になると「それは慣れの話だよ」と言えるけど、1年目の自分には言えなかった。だから余計にしんどかった 😶
1年目は「インプット期間」だと思ったら少し楽になった
これ、途中から気づいたことなんだけど。
1年目って、アウトプット(成果)より、インプット(吸収)の方が実際には多い時期だと思う。でも周りは「成果を出せ」という空気の方が強くて、自分も「早く戦力にならなきゃ」と思っていた。
あるとき、先輩から「1年目は貯金の時期だよ。使えるようになるのは2〜3年目からだから」と言われて、すごく楽になった。「今できなくても、貯まってる」という感覚に切り替えたら、できないことへの焦りが少し変わった。
今日できなかったことが、半年後にできてるとしたら、それはその半年で貯まったものが出てきた証拠だ。1年目のしんどい時間も、その貯金だったんだと思う。なんか地味な表現だけど、あの時期に言ってほしかった言葉がそれだった気がしてる 🌱
社会人1年目のギャップって、「こんなはずじゃなかった」という落差から来てる部分が大きい気がする。でもそのギャップ自体が、「ちゃんと仕事のことを考えてきた証拠」だとも思う。何も期待していなければ、ギャップも感じない。1年目のしんどさを感じてるなら、それだけ真剣に向き合ってきたということ。あのころの自分に、それだけ言ってあげたかった。
「慣れる」より「変わる」の方が正確だった
1年目を振り返ると、「慣れた」という表現がしっくりこない部分がある。
メールの書き方に慣れた、報連相のタイミングに慣れた、とはたしかに言える。でもそれって慣れたというより、「自分がちょっと変わった」に近い感じがして。以前は知らなかったことが当たり前になっていく過程で、考え方や受け取り方が少しずつ更新されてた。
「慣れる」って聞くと、我慢して耐えてたらいつか楽になるみたいなイメージがあって。それだと少し違くて、実際は「対処の引き出しが増えた」という感覚に近かった。メールの返信タイミングが読めるようになったのは、いろんなパターンを経験したから。「こういうときはこう動けばいい」という選択肢が増えてきた。
しんどかった1年目が無駄じゃなかったのは、そういう引き出しが静かに積み重なってたから。あのころは気づかなかったけど、今後輩を見てると「ああ、あそこを今乗り越えてるんだな」って分かる。それが分かること自体、変わった証拠だと思ってる 🌱