転職に踏み切れない人の特徴。仕事ができるのに動けない本当の理由
これ、最初は逆だと思っていた。
優秀な人ほど選択肢が多いんだから、転職もスムーズにできるはずだ、と。でも実際に相談を重ねてきて、逆のことが起きているとわかった。
仕事ができる人ほど、転職の決断が遅い。
キャリア相談をしていて、「仕事ができる人ほど転職を迷う」という傾向をずっと実感してきた。逆説的に見えるけど、理由はある。
能力が高い人は「失敗するとどうなるか」のシミュレーションも精緻だ。転職先でうまくいかなかったケースを想像する解像度が高い。だから、頭の中で「転職しない方がいい」という根拠が次々と生まれてくる。
追い詰められて「もうここにいたくない」という状態で動いた人の方が、逆説的に結果が良かったりするのはそのためでもある。切羽詰まると、「とにかく動くしかない」という感覚が分析を超えてくる。でも余裕のある状態で動こうとすると、分析が邪魔をする。
なぜ優秀な人ほど迷うのか
一つ目の理由は、現職での評価が高いから。
「なぜ動かないのか」を外から見ると「もったいない」と見えることがある。でもその人の内側では、「今の環境を手放すことへのコスト」と「転職先で通用するかの不安」が天秤にかけられている。その天秤が動かない状態を、外側から「決断力がない」と言っても、何も変わらない。
「動けない」のは弱さじゃなく、構造だ。その構造を理解した上で、「どうすれば天秤が動くか」を考えた方が、ずっと現実的だ。一人で考えても同じ場所をぐるぐるしているなら、誰かに話してみることが、その構造を変えるきっかけになることがある。話す相手はエージェントでも、キャリア相談でも、信頼できる人でも、誰でもいい。
評価されている人は、職場での居心地が悪くない。上司からも信頼されていて、裁量もある。「辞める理由」が薄い状態で転職を考えるので、自分を動かすエネルギーが生まれにくい。
追い詰められて動く人より、余裕がある状態で動く人の方が、実は動けない。これは転職に限らず、人間の行動パターンとして自然なことだと思う。
二つ目は、分析が細かすぎること。
仕事ができる人は、情報収集と分析が得意だ。転職市場を調べて、リスクを洗い出して、メリットとデメリットを比較して——この作業を丁寧にやりすぎるほど、判断が複雑になる。
分析が増えるほど、「やっぱり今の会社もそんなに悪くないかも」という結論に着地しやすくなる。
「完璧な転職先」を探し続けるパターン
全部揃った転職先を探すほど、永遠に動けなくなる。
仕事で高い成果を出してきた人は、転職先にも高い基準を持つ。年収・ポジション・事業の将来性・カルチャー・裁量。全部揃った場所を探そうとする。
でも、全部揃った場所はほぼ存在しない。探し続けているうちに1年、2年と経つ。
転職先に完璧な条件を求めていると、永遠に動けない。どこかで「これでいく」と決めるしかない。それが転職の難しさだと思っている。
現職が「自分の市場価値の証明」になってしまっている
今の会社での評価が自分の能力の証拠になっている——これが一番根深い。
転職して評価されなかったとき、それが崩れる怖さがある。
今の環境を離れても通用するのか。これが分からないから動けない。
でも正直に言うと、優秀な人ほどこれは杞憂であることが多い。外に出た方が評価されるケースの方がずっと多い。ただ、それは動いてみないと分からないので、動く前に確認できない怖さがある。
動けない人に共通していること
決断できた人は「最悪のケースを受け入れた」人で、できない人は「最悪を回避しようとしている」人だ。
転職してうまくいかなかったとしても、そのときはそのとき、という腹の括り方ができている人は動ける。
決断できない人は「最悪を回避しようとしている」。失敗しないための準備を続けて、永遠に動けない状態になっている。
完璧な準備ができてから動こうとすると、キャリアにおいては動けないのと同じだ。
「腹を括る」という感覚
転職を決断した人に「どうやって決めたんですか」と聞くと、「なんかもういいや、ってなった」という答えが多い。
論理的な理由が揃ったからじゃなくて、感覚として「腹が括れた」という瞬間の話だ。それは突然来ることもあるし、長い迷いの後にじわじわ来ることもある。
仕事ができる人ほど、その「腹を括る」が遅い。分析が得意だから、分析し続けてしまう。感覚として「もういい」に至る前に、次の検討事項が生まれる。そのループから抜けるには、分析をやめることしかない。そしてそれは、論理では出てこない決断だ。
「準備が整ったら動く」ではなく、「これ以上準備しても同じだ」という認識の切り替えが、踏み出しには必要なのかもしれない。相談を通じてその切り替えが起きることが、たまにある。それが起きると、面白いくらい早く動く。
8ヶ月、転職先の条件を比較し続けた
コンサル時代、8ヶ月間転職先の条件を並べ続けた。一度も「ここにしよう」と思えなかった。
プロジェクトの評価は高かった。上司からも信頼されていた。「辞める理由」が、うまく言語化できなかった。むしろ恵まれている状況を捨てていいのか、という後ろめたさがあった。
転職先のリサーチを何度もして、条件を並べて、比較して——でも結局「ここにしよう」とは思えなかった。年収は?ポジションは?事業の将来性は?そういうことを整理するたびに、「でも今の会社もそんなに悪くないかも」に戻ってくる。今思うと、条件が悪かったんじゃなくて、完璧な選択肢がないと動けない状態になっていた。
8ヶ月、ずっとそれを繰り返していた。
動けたのは、考えるのをやめたからだと思っている。その日も帰りの電車で転職について頭をぐるぐるさせていて。ふと「もう比較するのは終わりにしよう」とだけ思った。論理じゃなかった。根拠のある確信でもなかった。ただ、感覚として「もう十分考えた」になった瞬間だった。そこから動くまで、思ったより時間はかからなかった。
「動けない自分を責めない」ということ
相談に来る人が「こんなに迷っている自分が情けない」と言うことがある。
仕事はできているのに、プライベートの決断もできているのに、なぜ転職だけこんなに迷うのか——という自責だ。でも、転職の決断が難しいのは能力の問題じゃない。構造の問題だ。
現職での評価が高い人は、辞めることへのコストが高く見える。分析が得意な人は、分析を止める理由が見つからない。これはむしろ能力があることの副作用なので、「動けない自分がおかしい」ではなく「こういう仕組みで動けなくなっている」と理解した方が、次に進みやすい。
自責が続くと、転職活動そのものへの気力が削れていく。動けなくて当然の仕組みがあるとわかれば、「どうすれば動けるか」に思考が向きやすくなる。小さいことのようで、そこが大きく違う気がしている。
「動けない自分を責めない」ということ、もう一つ付け加えると。
転職に踏み切れない間も、その「踏み切れない時間」は無駄じゃないことが多い。迷っている間に「転職しない理由」を全部出し切っていくから、いざ動くときに振り返らずに済む。僕が8ヶ月迷ったことを「あれは必要な時間だった」と言えるのは、動いてから一度も「やっぱり戻りたい」と思わなかったからだ。あの8ヶ月が、なし崩し的に転職した場合の後悔を防いでくれた面もあると思っている。
優秀であることと、動けることは別の話。相談を重ねるほど確信が深まっている。