転職を先延ばしにし続けると、何が起きるか
転職したい、でも今じゃない——そう思いながら、8ヶ月が過ぎた。
あのころの僕は、常に「次の一区切り」を待っていた。このプロジェクトが終わったら。ボーナスをもらってから。秋の評価が出てから。次の春になったら。
悩みは消えないのに、動けない。その状態がずっと続いていた。
でも「一区切り」は、終わった瞬間に次の「一区切り」に変わる。気づけば、転職を考え始めてから8ヶ月が経っていた。
先延ばしにすると、何が起きるか
まず起きるのは、「動かない自分」に慣れることだ。
最初の1ヶ月は「転職しようかな」と思っていた。3ヶ月目くらいからは「転職したい気持ちはあるけど」が口癖になっていた。5ヶ月を過ぎると、転職を考えていること自体が日常になって、特に何もしないことが普通になっていた。
悩みが「大問題」から「慢性的なモヤ」に変わっていく。深刻に考えなくなるぶん、解決もしない。
比較し続けた結果、何も選べなくなった
比較しているうちは決断できない。先延ばしの間、何をしていたかというと、主に「条件の比較」をしていた。
転職先になりそうな会社をいくつかリストアップして、年収・待遇・仕事内容・将来性を並べて比較する。気になる求人があれば眺めて、「でも今の会社と比べると」と戻る、を繰り返す。
完璧な転職先なんて存在しない。どの選択肢にも一長一短がある。だから比較すればするほど、「もう少し調べてから」になる。選ぶ基準が「どこが一番いいか」である限り、答えは出ない。
そのころ読んだ『YOUR TIME』(鈴木祐)という本に、「先延ばしは意志の弱さではなく、脳が不確実なものを回避しようとする習慣だ」という趣旨の話が出てきた。転職を先延ばしにしていたのは、自分が怠けていたからじゃなくて、「転職後の不確実性」から脳が逃げていただけだったのかもしれない。そう思ったら少し、自分を責めるのが楽になった。
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「3年後の自分」を想像したとき、背中が冷えた
転職を考え始めて半年が過ぎたころ、帰りの電車でぼんやりこんなことを考えた。
「このまま何もしなかったら、3年後の自分はどうなっているか」。
具体的にイメージしてみた。3年後もたぶん同じ仕事をしている。評価はされているかもしれない。でも、毎週同じように帰りの電車でぼんやりして、「なんか違うな」と思い続けている。
その想像が頭の中で定まったとき、妙に静かな気持ちになった。焦りじゃなくて、腹が決まった感覚に近かった。
「今と変わらない3年後」を想像したとき初めて、先延ばしにすることの本当のコストが見えた気がした。
「完璧なタイミング」は来ない
転職に限らず、人生のほとんどの決断に、完璧なタイミングはない。
子どもが生まれる前に転職しておくか、生まれてから落ち着いてからにするか。景気がいいうちに動くか、もう少し経験を積んでからにするか。どの「タイミング」を選んでも、何かが犠牲になる。
だから「今じゃない」はほとんどの場合、「いつか」に変わらない。
僕が動いたのは、「転職する理由」が「しない理由」をわずかに上回ったとき、それだけだった。理由が100対0になるのを待っていたら、一生動けなかったと思う。
先延ばしにすること自体が、一つの選択だ。「現状を維持する」という積極的な決断ではなく、「何も変えない」という消極的な選択。どちらを選ぶにしても、それが選択だということを意識できていたら、少し違う景色が見えるかもしれない。
相談を受けていると、先延ばしにしていた期間が長い人ほど、最初の一歩を踏み出したあとの動きが早い、という印象がある。
8ヶ月迷っていた分、決断したあとは割とスムーズだった。自分でもそうだった。先延ばしの間に「転職しない理由」をほぼ全部使い切っていたから、残ったのは「やってみるしかない」だけだった。
しんどかった期間が長かっただけ、動き出したときの解放感もあった。
先延ばしが「無駄だった」とは今でも思っていない。ただ、同じ結論に至るなら、もう少し早く動いていたらよかった、とは思う。正直なところ。
転職のタイミングを逃し続けないためには、「完璧な一区切り」を待つのをやめることだけかもしれない。