高収入なのに転職できない。相談でよく見えてくること


高収入なのに転職に踏み切れない。どうすればいいか分からない、という相談が来ることがある。

最初に来たときの相談テーマと、3回目以降に出てくる本音が、別の話になっていることが多い。これは高収入層に限った話じゃないけど、年収が高いほどその落差が大きい気がしている。そして不安の正体が、最初に想定していたものとは違うことがほとんどだ。


相談に来る高収入層の方の多くは、「今の会社への不満」を整理した状態で来る。でも話を聞いていると、不満は出発点に過ぎないことが分かってくる。本当に整理したいのは「自分は何者か」という問いで、それを転職という形で解決しようとしていることが多い。

転職が正解になることもある。でも転職せずに「今の仕事のやり方を変えること」で解決することもある。年収が高いほど、「転職」以外の選択肢も広いはずなのに、それが見えにくくなることがある。相談は、その視野を広げる時間だと思っている。

Cさんの話

38歳・IT企業のマネージャー、年収はそこそこ高い。

Cさんのような方が来るとき、「転職市場の状況」「年収の相場」「自分の価値」を聞きたいという建前がある。でも話を進めていくと、その質問の下に別の問いが出てくることがほぼ毎回だ。情報は答えを探しているというより、「動くべきかどうか」の確認に来ていることが多い。最初の相談はこんな感じだった。「今の会社に不満はないんですが、このままでいいのかと思って」。

最初の2回は転職市場の話、年収水準の話、キャリアパスの話をした。Cさんはよく調べていて、具体的な会社名も出てきた。転職への準備は、表面上は整っていた。

3回目で、少し違う話が出てきた。「去年チームのメンバーが一人辞めたんです。優秀な子で。その子の送別会で話を聞いたら、自分がずっと後回しにしていた話ばかりしていた」。

どんな話だったかと聞いたら、「別にお金とか昇進とかじゃなくて、自分の仕事が誰に届いているかが見えなくなった、って言ってたんですよ」と。

少し間があって、「それ、僕も同じかもしれない」と続いた。


高収入層の相談に共通するもの

年収の話として入ってきても、奥にある問いは「自分が何者か」というものがほとんどだ。Cさんに限らず、繰り返し出てくるパターンだ。「年収を維持したい」という言葉の裏に「下がることへの恐怖」があって、その恐怖の正体をたどると「自分の価値が下がる気がする」という感覚に行き着くことがある。

もう一つは、肩書きや組織の外に出たときの自分が見えにくくなっていること。長くマネージャーをやっていると「〇〇部長の自分」が当たり前になる。会社を離れた自分に何が残るかを問われると、急に答えが出なくなる人が多い。

どちらも、転職の問題というより「自分が何者か」という問いにつながっている。


「何者か」という問いが、年収層で変わる理由

面白いのが、年収が高くなるほど「自分が何者か」という問いの重さが変わることだ。

20代のうちは、まだ「何者か」が流動的だという感覚がある。失敗しても「まだ若いから」という余白がある。でも38歳でマネージャーをやっていると、そのポジションが「自分とは何者か」を定義していることに気づかないうちに慣れている。

肩書きが自分の定義になっていくこと自体は悪いことじゃない。でも「その肩書きを外した自分に何があるか」という問いを、ずっと棚上げしていることになりやすい。Cさんが「去年辞めた優秀なメンバーの言葉」に揺れた理由も、そこだと思う。その言葉が、自分の中で棚上げしていた問いに触れたんだと思う。

なぜ高収入層は悩みを一人で抱えやすいのか

「何が不満なの?」——高収入層は、悩みを話した瞬間にこう返ってくることが多い。

収入が高いと、周りから「何が不満なの?」と言われる。家族や友人に話しても「恵まれてるのに贅沢な悩みだ」という反応が返ってくることがある。それが重なると、悩んでいること自体がおかしいような気がしてきて、一人で抱えるようになる。

転職エージェントに相談しに行くと、「転職先を探すモード」で話が進む。そうじゃなくて「自分が何を悩んでいるのか整理したい」という段階では、エージェントは合わないことがある。だから相談先がなく、結局何年もその場所にいる、というケースが多い。


相談の中で何が変わるか

Cさんとの相談は5回になった。転職先の候補は3回目からほとんど出てこなくなった。代わりに話していたのは、「自分が本当に得意なことは何か」「どういう場所でなら手応えを感じられるか」という話だった。

5回目の終わりに、「転職するかどうかより先に、今の仕事のやり方を変えてみようと思います」と言って帰った。転職を決めた、でも転職しないと決めた、でもなかった。ただ、何が問題だったかが見えた状態になっていた。

Cさんがその後どうしたかは、まだ聞いていない。でも「整理できた」と言ってくれたのは、本当だと思っている。


高収入で転職に踏み切れない人の悩みは、お金や市場価値の話として入ってくることが多い。でも、その奥にある問いは大抵もっと根本的な話だ。相談はその奥を一緒に探す時間だと思っている。

「何が不満なの?恵まれてるじゃない」という声を周りから受け続けると、悩むこと自体を正当化できなくなる。でも悩むことに正当性は要らない。「なんかモヤモヤしている」それだけで、相談に来ていい。そのモヤモヤの正体を一緒に探すことが、相談の仕事だ。高収入だから悩んでいい量が少ない、なんてことはない。誰もが自分の仕事について考えていい。相談に来る理由は「悩みが大きいから」じゃなく「一人では整理しきれないから」で十分だ。それがキャリア相談の本来の使い方だと思っている。

Cさんのその後はまだ聞いていない。転職したかもしれないし、今の会社にいるかもしれない。でも「整理できた」と言って帰ったあの日の顔は、最初に来たときより明らかに違った。それで十分だと今でも思っている。


高収入で転職できないという相談が来るとき、一つだけ最初に確認していることがある。「今の悩みを、家族や友人に話したことはありますか」という問いだ。

「話せていない」という答えが多い。話せない理由もだいたい同じで、「贅沢な悩みだと思われそう」という感覚だ。それが重なって、一人で長い時間抱えることになる。抱えた時間が長いほど、問いが大きく見えてくる。でも外に出してみると、意外とシンプルな話だったりする。

「自分が何を大切にしているか」が見えていない状態で、転職するかどうかを考えている——これが高収入層の相談に多いパターンだ。先にそこを整理すると、「転職すべきか」の問いへの答えが出やすくなる。相談の価値は、そこにある気がしている。

Cさんのような相談に来る人が、周りに何人もいると思う。表向きはうまくいっているように見えて、何かが引っかかっている人。「モヤモヤしているだけで相談するのは大げさかな」と思って来ない人も多い。でも実際、相談の中で整理できることは、一人で考えていても出てこないことが多い。「話す」という行為が、頭の中だけでは動かなかったものを動かすことがある。

高収入で転職できないと感じている人の多くは、「転職の問題」じゃなく「自己認識の問題」を抱えている気がしている。「自分の価値は何か」が言語化されていない状態で、「その価値が市場に通じるか」を問うても答えが出ない。整理の順番がある。相談は、その順番を一緒に確認する場だと思っている。

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Syun

早稲田大学ラグビー部出身。大手外資系コンサルを経て、32歳でフリーランスのキャリアコンサルタントとして独立。サウナとルーティンをこよなく愛する。

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