20代のキャリアに迷っているあなたへ。正解がわからないまま動いてきた話


29歳って、なんか微妙な年齢で。

20代の終わりにいるんだけど、「20代のうちに〜」みたいな言葉がちょっとプレッシャーになってきている。やり残したことあるかな、このままでいいのかな、って迷いが出てくる。

キャリアのことを考えると、なんか不安になる夜もたまにある。これでよかったのか、もっと違う道があったんじゃないかって。

☕ カフェでこれを書きながら、自分の20代を振り返っています。


24歳のとき、全部計画通りだった

大手メーカーに入って、営業配属で、同期と仲良くて、それなりに仕事も覚えて。客観的に見ると、悪くないスタートだったと思う。

アナウンサーを目指して落ちた傷はまだあったけど、「まあここでやっていこう」という気持ちにはなっていた。

ただ、なんか物足りない感じはずっとあって。何が物足りないのかが分からなかったから、忙しくしてごまかしてた部分もあったかもしれない。

25歳ごろ、ちょっとしんどかった時期がある。仕事が嫌なわけじゃないのに、なんか毎朝起きるのが億劫で。「この感じ、いつまで続くんだろう」って思いながら通勤してた。あのとき何かが変わりたがってたんだと思う、今思えば。

26歳で動いたのは、衝動だった

スタートアップに転職したのは、すごく論理的な判断じゃなかったです。

友達の紹介で話を聞いて、「ここ面白そう」と思って、気づいたら選考受けてた。リスクの計算とか、年収がどうとか、後から考えた。

転職を決める前、怖かったのは本当で。大手を辞めることへの不安が、友達や親に話すたびに出てきて。「もったいない」って言葉、何回聞いたかわからない。

でも、あの衝動で動いて良かった。論理で考えすぎていたら、動けなかったと思う。不安だったし、怖かったけど、あのとき動いた自分を今は「えらかった」と思ってる。

29歳の今、分かること

20代って「貯める時期」だと思っていたんですよね。経験を貯めて、スキルを貯めて、それが30代以降に効いてくる、みたいな。

でも実際にやってみて、「貯める」より「動く」の方が大事だったな、と感じている。

動いた分だけ、自分が何に向いていて何に向いていないかが分かってきた。カフェでぼーっとしてた時間も、しんどかった時期も、なんか全部材料になってる気がする。

うまく言えないけど、失敗も含めて「あの頃の自分がいる」という感じ。

迷ってた時間が、無駄じゃなかった気がしてる

キャリアに迷っていた時期、正直「こんなことで悩んでる自分が情けない」って思ってた。

周りはちゃんと歩んでるように見えて、私だけグラグラしてる感じ。でも後から振り返ると、あのグラグラしてた時間が「自分が何を嫌がってるか」を教えてくれてたんだと思う。

大手にいたとき、何が物足りないか言語化できなかったのは、まだ経験が足りなかっただけで。スタートアップに移って初めて「あ、これが欲しかったのか」って分かった部分があった。

迷ってたからこそ、動いたとき方向感があった気がする。迷わなかったら、ただ流れてたかもしれない。

まだ途中なので

20代のキャリアの正解、正直まだ分かってないです。

30歳になったとき、「ああそういうことだったのか」って思う部分がきっとある。今の29歳の視点だと見えていないものが、あると思う。

だから「20代のうちにこれをやれ」とは言えなくて。ただ、動くのを怖がらなくてよかったな、とは思っています。

20代のキャリアに正解があるかどうか、今もわからない。でも「転職してよかったか」と聞かれたら、それはうんって言える。


来週で30歳になる友達が、最近「20代で何かやり残したことある?」って聞いてきた。しばらく考えて、「特にない」と答えた。我ながら、悪くない答えだと思っています 🙂‍↕️

「正解を探す」から「正解にする」に変わった

20代の前半は、キャリアの「正解」を探してた気がする。アナウンサーが正解か、大手が正解か、転職すべきか——どこかに正しい選択肢があって、それを見つけなきゃいけない、という感覚があった。

でも今は少し違う。正解は最初から決まってるものじゃなくて、選んだ後にどう動くかで「正解にしていくもの」だという感覚がある。

スタートアップへの転職が正解だったのは、その選択自体が正解だったからじゃなくて、入ってから動き続けたから少しずつ正解に近づいてきた、という感じがしてる。逆に言えば、どの選択をしても動き続ければ正解になりうる。動かなければどの選択も正解にならない。

うまく言えないんだけど、「正解を選ぶ力」より「選んだものを正解にしていく力」の方が、キャリアには大事だったと今は思ってる 🌿

迷ってる時間は無駄じゃなかった

キャリアに迷ってた時間を、当時は「ロスしてる時間」みたいに感じてた。

でも今振り返ると、迷ってた時間にちゃんと「自分が嫌なこと、好きなこと」が積み重なってた。大手で「自分じゃなくていい感じ」がしんどかったのも、転職後に「自分がいることで動く場所」が欲しかったのも、あの迷ってた時間が教えてくれた感覚だった。

迷いって、ただしんどいだけじゃなくて「自分の輪郭を確かめる作業」でもある気がしてる。何が嫌か、何が好きか、どんなしんどさなら引き受けられるか——それが分かってくると、動き方が変わってくる。

20代のキャリアに迷ってる人に言えるとしたら、「その迷い、ちゃんと積み重なってるよ」ということかもしれない。答えが出ないまま迷い続けることは、無駄じゃなかった。少なくとも私はそうだった 🌱


20代のキャリアに正解はなかった。でも「自分のペースで動いてきた」という感覚は、今の私に残っている。それが一番大事だったかもしれない、と29歳の終わりに思ってる。

「比べる相手」を間違えてた時期があった

20代の前半、周りとのキャリアを比べることが多かった。

同期が昇進した、友達が転職して年収上がった、SNSで同世代が活躍してる——そういう情報が入ってくるたびに、自分のペースを疑ってた。「私だけ遅れてるのかな」という感覚が、キャリアの迷いを増幅させてた気がする。

でもあるとき気づいた。比べてる相手が「自分と全然違う状況の人」だということに。大手にいる人とスタートアップにいる人では評価の基準が違う。子育て中の人とそうじゃない人では使える時間が違う。タスクが違うのに、結果だけを比べてた。

今は「去年の自分と比べる」を意識してる。去年より何ができるようになったか、去年より何を手放せたか。外の基準より自分の変化を追いかける方が、キャリアへの向き合い方が落ち着いてきた気がする。

これに気づくのに、私は5〜6年かかった。でも気づいてから、「キャリアに迷ってる」という感覚が少し軽くなった。誰かと競うものじゃなかった、と腑に落ちてから、ようやく自分のペースで動けるようになった気がしてる 🌱


29歳になって、やっと「自分のキャリア」という感覚で仕事を考えられるようになってきた気がする。20代前半は「正解を探してる」感じだったけど、今は「自分にとっての正解を作っていく」感覚に近い。その切り替えが、ゆっくりと、いつの間にかできてたことに気づいた。まだ途中だけど、そのことは悪くないと思ってる。

迷いながらでも動いてきた自分のことを、今は少しだけ好きでいられる。それが20代最後に残ったものかもしれない。そう思えるようになったのも、比べるのをやめてから、のことだった 🙂‍↕️

Yuki

このサイトの編集リーダー。アナウンサーを目指した過去を持つ29歳。大手メーカーからスタートアップへ転職した現役営業職。休日はカフェで充電しながらキャリアについて発信中。

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