職場で「女性だから」と感じた瞬間。モヤモヤの正体


職場で「あ、女性だから、と思われてる」と感じる瞬間がある。

はっきりとした差別じゃない。怒鳴られたわけでも、露骨に扱いが違うわけでもない。でも何かがある、という感覚。それがモヤモヤとして残って、うまく言語化できないまま一日が終わる。

気のせいかな、と流してきた瞬間が、何度かあった。

働き始めてから7〜8年、「女性だから」と感じた瞬間の数を数えたことはないけど、うっすら積み重なってきた感覚はある。大手時代とスタートアップ時代で、その質がかなり変わった気がしてて。今日はそのあたりを書いてみる。

大手時代、「個人的な感情を持ち込まないで」と言われた

いちばん記憶に残っているのは、大手メーカーの3年目のことだった。

「嘘はつかない」という自分なりの営業スタイルを、上司に正直に話したことがあった。お客さんに本当に寄り添えない売り方を求められる場面があって、自分はそれをやりたくないと伝えた。そしたら「そういう個人的な感情を持ち込まないで」と言われた。

言葉の意味は理解できた。でも、なんか違う気がして 😶

あとから考えると、「個人的な感情」って、私が言ったこと全体を感情として処理されてしまった気がして。スタイルとか方針とか、そういう話として聞いてもらえなかった感覚があった。それが女性だからなのか、そういう上司だったのか、今でも正確にはわからない。ただ、引っかかったのは確かだった。

正確には「女性だから」と言われたわけじゃない。でも、同じことを男性の先輩が言ったときの反応と、明らかに温度が違った気がした。そこから少しずつ、「共感できないやり方では続けられない」という気持ちが積み重なっていった。

大手にいたとき、もう一個記憶に残っているシーンがある。営業会議で、男性の先輩が出したのとほぼ同じ提案を私がしたとき、上司の食いつき方が違った。「気のせいかな」と思ったけど、似たことが何回かあって、「気のせいじゃないかもしれない」になっていった。証明できないから流してたけど、ずっと頭のどこかに引っかかってた。

モヤモヤは「気のせい」じゃない

職場の女性扱いに対するモヤモヤって、証明しにくい。

「そういうつもりじゃなかった」と言われると、「あ、そうか」と思ってしまうこともある。でも、感じた違和感はそこにあったはずで。気のせいで片付けると、次に同じことが起きたとき、また自分を疑う循環になる。

感じたモヤモヤはちゃんとあった。それは事実として持っていていいと思ってる 🌿

職場での女性扱いのモヤモヤって、明確な「これがあった」が言いにくいから難しい。「こういう発言をされた」じゃなくて、「なんとなく違う気がした」が積み重なる感じ。だから「過剰反応じゃないか」という不安がついてくる。でも、わかりにくいものの方が摩耗が大きかった。わかりやすいものは対処できるけど、わかりにくいものは自分の中でどこに置けばいいかわからなくて、そのまま「なんか疲れた」になっていく。


うまく言えないんだけど、モヤモヤを「証明できないから仕方ない」と思い続けると、気づいたら自分の感覚を信じられなくなっていく気がして。あのころの私は少しそうなっていた。

スタートアップに来て変わったこと

転職してから、「女性だから」を感じる頻度は下がった。全部がなくなったわけじゃない。でも、代表に直接「こうしたい」と言える環境があることで、自分の意見を出すことへの怖さが少し変わった。

意見を出したとき、内容で評価してもらえると感じる場面が増えた。それだけで、だいぶ働き方が変わった。

一つ具体的に変わったことがある。スタートアップに来てから、代表と1on1で「こういうやり方をしたい」と話す機会が早い段階からあった。そのとき、内容に対して返事が来た。「女性営業が言うには」みたいな前置きが入らなかった。当たり前のことかもしれないけど、当時の私には当たり前じゃなかった。

チームリーダーになったとき、社内で女性リーダーは初めてだった。後輩の女性に「先輩がいてくれてよかった」と言われたとき、嬉しいような、重いような、なんか複雑な気持ちがした。代表になれたわけじゃない。ただ先にいるだけ。でも「先にいること」の意味が、思ってたより大きかったのかもしれない。

今でも感じる瞬間はある

スタートアップでも、完全にゼロかというとそうじゃない。

お客さんから「えっ、女性なんですね」と言われる場面は今もある。言い方によって、ただの驚きのこともあるし、少し値踏みされてる感じがすることもある。後者のとき、私はあえて「そうです、でも結果で判断してください」という気持ちで次の一言に集中するようにしてる。

そこで燃え尽きるエネルギーはもったいないから。

それに、全部のモヤモヤに反応していたら消耗が止まらない。どれに乗るか、どれは流すかを自分で決めていく感覚——それを身につけるのに、大手3年とスタートアップ2年くらいかかった気がする。

スタートアップに来てから、「内容で評価してもらえる可能性がある」という感覚があると、外からの「女性だから」への反応が変わると気づいた。傷つかなくなるわけじゃないけど、同じことがあっても回復が早くなった。環境が変わると、同じ出来事の受け取り方が変わるんだと思う。

モヤモヤの正体

「女性だから」と感じる瞬間のモヤモヤって、「差別された」という怒りより、「自分の中身じゃなくて外側で判断された」という悔しさに近い気がしてる。

そのモヤモヤは、ちゃんと仕事と向き合ってきたから出てくるもの。気のせいじゃないし、気にしすぎでもない。

うまく言えないんだけど、「女性だから」と感じた瞬間って、後から「あれは違ったかもしれない」と思い直してしまうことが多い。その「思い直し」の癖が、地味に疲れてくる。一回感じたモヤモヤを自分で打ち消して、また感じて、また打ち消して——その繰り返しの方が、最初のモヤモヤより消耗する。だから最近は「感じたことは感じた」で一回置いておくようにしてる。否定しないし、大げさにもしない。ただ「そう感じたこと」として手元に置いておく感じ。

感じたことは、ちゃんとそこにあった ✌️


最後に一個だけ。

職場での女性扱いにモヤモヤしたとき、「どう反論するか」より「どこに自分のエネルギーを使うか」の方が大事だと思うようにしてる。

全部のモヤモヤに対して消耗しても、自分が削れるだけで何も変わらないことが多い。でも、「ここだけは」という場面では、ちゃんと自分の言葉で言う。大手3年目に「個人的な感情を持ち込まないで」と言われたとき、私はうまく返せなかった。でもあの経験があったから、今は「それは感情じゃなくて私のやり方です」と言える気がしてる。

「ここだけは」の場面を自分で決めておくこと、がわりと大事な気がしてる。全部に戦うと疲れる。でも全部流すと、少しずつ自分の芯が削れていく感じがある。「ここだけは言う」という場面を持っておくだけで、他のモヤモヤは少し流せるようになった。

正直、まだうまくできない日もある。「また流しちゃった」と後から思うことも。でも、そのたびに「次はここで言う」と決め直す。それを繰り返してる感じ。

モヤモヤを全部解決しなくていい。でも自分の中でちゃんと「感じた」と認めていること。そして「ここだけは」という場面で、自分の言葉を持っていること。それが、長く続けていくための芯になってる気がしてる。

Yuki

このサイトの編集リーダー。アナウンサーを目指した過去を持つ29歳。大手メーカーからスタートアップへ転職した現役営業職。休日はカフェで充電しながらキャリアについて発信中。

Yukiの記事をもっと読む →