仕事から帰ったら、何もできない。それでいいと思うまでの話
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家に帰ったら、何もできない日がある。
ご飯も作れない、お風呂も後回し、スマホをぼんやり見て気づいたら深夜になってた——そういう夜が、仕事が忙しくなると増える。「今日もなんもできなかった」という罪悪感だけが残る。
仕事終わりに帰宅後何もできない疲れた状態が続くのって、しんどいし、焦る。
私が一番しんどかったのは、疲れてるという自覚が薄かった時期だった。体は疲れてるのに、頭は「もっとやらなきゃ」と思ってる。その乖離がずっと続いてた。帰宅後に何もできないのを体のせいにしながら、でも「意志が弱いんじゃないか」という気持ちも同時にあった。
帰宅後に何もできないのを「サボり」だと思ってた
スタートアップに入って最初の3ヶ月は、家に帰ると本当に何もできなかった。
大手時代に周りに助けてもらっていたものが全部なくなった感覚で、毎日ぐったりして帰ってた。家に着いたらそのままソファに座って、何かしようと思いながら気づいたら眠ってた。起きたら深夜で、お風呂だけ入って寝るの繰り返し。
なんか、ダメな人になってる気がしてた 😶
「仕事終わりに自分の時間を有効に使えない、意志が弱いのかな」みたいなことをずっと思ってた。でもそれって、ただ疲れてただけだったと今は思ってる。
転職したことへの後ろめたさもあって、「ちゃんとやれてないのかも」という不安が帰宅後のぼーっとした時間に入ってきた。同じタイミングで入った後輩が元気そうに見えて、「私だけしんどいのかな」と思って余計に消耗してた時期がある。後から「あのころ毎日疲れてたよ」と言い合って、みんな同じだったとわかった。しんどさって、外から見えにくい。
疲れてるのに「帰宅後に何もできない自分」を責め続けると、回復にも時間がかかるんだよね。罪悪感がある状態って、休めてるようで全然休めてない。
「何もしない」が回復だと気づいた
入社半年ごろ、ちょっと変えたことがある。「今日は何もしない日」と最初から決めることにした。
帰ったら即ご飯食べてお風呂入って寝る、それだけ。残りは全部やらなくていい。このルールにしたら、罪悪感がなくなった。何もできない夜が「失敗した夜」じゃなくて、「回復の夜」になった。
たぶん、「何もしない」と「何もできなかった」は、外から見ると同じでも、気持ちの重さが全然違う 🌿
何もしないと決めた夜の方が、翌朝の調子がよかった。それに気づいてから、「夜に何かする」より「夜にちゃんと休む」を優先するようにした。休み方を覚えるのに、半年くらいはかかった。意外と難しいんだよね、ちゃんと休むって。
疲れのサインを無視してた
思い返すと、帰宅後に何もできない状態が長く続いていたのは、昼間に無理してたサインでもあった。
仕事中はアドレナリンで動けてるけど、家に帰るとそれが切れる。切れたときに何も残っていない、というのが長く続いていたなと。その状態で「もっとやらなきゃ」と自分を追い立てると、翌朝がさらにしんどくなって悪循環だった。
今はメンバーを持つようになって、「帰宅後に何もできなかった」という相談を受けることがある。そのたびに「それ、ちゃんと疲れてる証拠だよ」と伝えるようにしてる。自分がそれを言えるようになったのは、あの時期があったからだと思う。
帰宅後に何もできない夜を責めなくなった
今でも何もできない夜はある。忙しい時期は特に。大口の商談が続いた週の終わりとか、新しいメンバーが増えて気を使い続けた週とか。そういう週の金曜夜は、帰ってから何もできないことが多い。最初は「週末なのに」と思ってたけど、今は「週5日出し切ってきた証拠」くらいに思うようにしてる。
でも最近は「そういう夜もある」と思えるようになった。翌朝、またちゃんと仕事に行けてるなら、昨日の夜は回復できてたってことだと思うようにしてる。
ご飯食べてお風呂入って寝られたなら十分、という基準に変えたら、罪悪感がかなり減った 🌱
帰宅後に何もできないのは、ちゃんと仕事と向き合ってきた証拠だと思う。全部流せる人は、そもそも疲れてない。
もう一個、地味に変わったことがある。帰宅後に「今日よかったこと一個」をスマホのメモに書くようにした。大げさな振り返りじゃなくて、本当に小さいこと。「お客さんに笑ってもらえた」「メール一件ちゃんと書けた」くらいの。何もできない夜でも、それだけはできる。疲れて帰った夜に「今日もいいことあった」が残ってると、翌朝の出発点が少し変わる気がしてる。
「何もできない夜」を責めなくなってから、仕事が少し長く続けられるようになった。休めない人より、ちゃんと休める人の方が、たぶん長い距離を走れる。
それが腹落ちしてから、「今夜何もできなかった」という事実の受け取り方が変わった。「失敗した」じゃなくて「今日の仕事を消化した」に近い感覚。言葉にすると大げさだけど、自分の中での位置づけが変わった。
あと、「帰宅後に何かしなきゃ」という感覚の正体って、「このままじゃダメになる」という焦りだと思う。
勉強しなきゃ、副業しなきゃ、自分を磨かなきゃ——SNSを見てると、帰宅後もフル稼働してる人の投稿が目に入って、自分が止まってる感じがして焦る。でもそういう人は、日中の消耗度が違うか、投稿してない日を見せていないだけで、たぶん毎日そうじゃない。見えてる部分と実態は違う。それを意識しておかないと、比べて消耗するだけになる。
帰って何もできない夜は、仕事に全部出し切ってきた夜。そう思えると、罪悪感の種類がちょっと変わる 🌿
先輩から「帰ったら仕事のこと考えないようにしてる」と言われたことがある。当時の私はそれが信じられなかった。でも長く続けてる人ほど、オンとオフの切り替えが早い。「帰宅後は回収の時間」という意識だけは、今は持つようにしてる。
週に一回くらい、「意図的に何もしない夜」を作る
最近やっていることが一個あって。週に一回くらい、最初から「今日は何もしない夜」と決めてカレンダーに入れてる。
義務感なく何もしない、というのをあえて予定にする。そうすると、他の日に「今日くらいは何かしよう」という気持ちが自然に出てくる不思議があった。
疲れを先回りして回収しておくと、週全体のエンジンが落ちにくくなる。仕事帰りに何もできない疲れた状態が続いているなら、一度「今日は何もしない夜」と決めることから始めてみてほしい 🫶
帰宅後に何かできるかどうかより、翌朝ちゃんと起きられてるかどうかの方が、実は大事な指標だと思う。今日の夜に何もできなくても、明日また仕事に行けるなら、昨日の夜はちゃんと機能してた。
「疲れてる」を認めることが、長く続けることの一部だと思ってる。スタートアップに転職してから、それをやっと腹落ちさせるのに、2年かかった。遅いかもしれないけど、気づいたときから変えればいい。帰宅後に何もできない夜がある自分を、少しだけ許してあげてほしい。全力で仕事してたから疲れる。それだけのことだから。
そういう夜のはじまりとして、コーヒーを一杯だけ淹れることにしてる。最近はブルーボトルコーヒー公式オンラインストアの豆を自宅に置いてて、淹れてる時間が「今日は終わり」の合図になってる。