仕事で疲れたとき、私がやっていたこと。整え方って、すごく地味だった
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しんどい週があって、金曜の夜に「ちゃんと回復しなきゃ」と思った 😶
早起きして散歩しよう。ちゃんとした食事を作ろう。翌朝になって、全部やめた。疲れてるのに「疲れをちゃんと取ろうとして」消耗してた。なんか変だなと、後から気づいた。
整え方って、もっと地味でよかったみたい。少なくとも、私の場合は。
「なんでここ来てるんだろう」と思ったことがある
仕事帰りに、会社のそばのカフェに一人で寄るようになったのはいつごろからだったか。きっかけは特になかった。
窓際の席に座って、コーヒーを飲みながら外を眺める。15分くらい。仕事とは関係ないことを考えたり、ぼーっとしたり。最初は「この時間、もったいないかも」と思ってた。15分あれば何かできるのに、という感じで。でもそのうち、この15分が「仕事のモードから出る」合図みたいになってた。家に着いたときの頭の状態が、少し違う。
脱線するけど、カフェの窓際って不思議で、外の人の流れを見てると「あ、世界は仕事以外のことで動いてる」という感覚になる。仕事のことをずっと引きずってた自分が、少し引いて見えてくる。大したことじゃないんだけど、なんか、それでよかった。
友達に話す、でも解決しようとしない
しんどいとき、友達に話したくなる。人と話してると自然にエネルギーが戻ってくるタイプなので。
でも以前は、「どうしたらいいか」を一緒に考えようとしながら話してた。友達も何かアドバイスしようとしてくれる。で、話し終わった後に「うーん、やっぱりどうすればいいんだろう」という状態でカフェを出ることがあって。なんか、もやがふわっとしただけで終わる感じ。
ある時期から、解決しようとしないで話す、というのをやってみた。「こういうことがあってしんどかった」で終わる。どうすべきかまで話さない。そうしたら友達も「それしんどいね」「わかる」で返してくれて、なんか、それでよかった。
吐き出すことと、整理しようとすることって、別のことなのかもしれない 🌿
感じやすいから、疲れやすい
感じやすいと、疲れやすい。そのこと自体は、友人に本を渡されるまであまり気にしていなかった。
転職1年半ごろ、『「繊細さん」の本』(武田友紀)を勧められた。HSPという気質の話で、「感受性は削るものでなく活かすもの」という考え方が出てくる 📖
読んで、少し腑に落ちた。疲れやすいのは意志が弱いからじゃなく、気質だから。削ろうとするより、その気質に合った回復の仕方を知っておく方がいい、という内容で。
私がやっていた整え方——コーヒーを一人で飲む時間、友達に吐き出す時間——は、感じやすい自分に合った方法だったのかもしれない。ちゃんとした回復法じゃなくて地味だと思ってたけど、自分に合ってたなら、それでよかったのかも。
「疲れをなんとかしなきゃ」より「自分がどこで戻るか」を知っておく方が、ずっと使えると思うようになった。
今も、整えられない週がある。コーヒーを飲む気にもなれない日、友達に連絡する元気もない週。そういう時は何もしない。ただ寝る。それも整え方のひとつだと、今は思っている。
完璧に回復しようとしてた時期が、一番長く疲れてた。
カフェに寄れない日は、家でコーヒーを淹れることにしてる。豆からドリップする10分が、同じ「仕事モードから出る」合図になってる感じがあって。最近はブルーボトルコーヒー公式オンラインストアで豆を取り寄せてるんだけど、それが地味な楽しみになってる。