上司に怒られるのが怖い人へ。萎縮から少し楽になれた話


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上司に怒られるのが怖くて、仕事中ずっとビクビクしていた時期がある。不安で動けない、あの感覚。

「これ確認してほしいんですが」と声をかけようとするたびに、まず「今機嫌悪そうかな」が先に来る。声をかけるかどうかより、怒られないかどうかで動いていた。報告が必要なミスがあっても、「怒られる」が怖くて先延ばしにして、それでまた怒られる。そういうことを繰り返していた。

怒られることへの恐怖が、動き方に全部影響していた。

怒られた経験が積み重なってビクビクするようになった

入社2年目のころ、当時の上司にかなりきつく言われることが続いた。

数字の確認ミス、報告が遅かったこと、商談での言い回し——小さいことが積み重なって、「また怒られる」が仕事の基準になっていった。報告するたびに心拍が上がる感覚があって、怒られない動き方を先に考えるようになっていた 😶

なんか、仕事をしているというより、怒られないように立ち回っているという状態で。それが続いて、仕事が楽しいとか成長してるとかよりも、「今日怒られなかった」という安堵が一日の評価基準になっていた。

怒られることへの恐怖の正体

スタートアップに転職してから、上司との距離が変わった。代表含め少人数で動くことになって、フラットな環境になったのに、最初はそれが逆にしんどかった。

「怒られる・怒られない」の予測ができない状況が、かえって不安だった。大手時代は「この上司はここで怒る」というパターンが読めていたから、そのパターンに合わせて動いていた。それがなくなったとき、なんとなく手がかりがない感じがして。


スタートアップに移ってから、もう一度手に取った『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健)に、怒りは「相手の行動を変えようとする目的」で使われることがある、という話が出てくる。怒る側の感情は、こちらのミスの大きさに必ずしも比例しているわけじゃない、という視点で。

読んだとき、腑に落ちた部分があった。「怒られた=私がひどいことをした」という等式を、ずっと信じすぎていたのかもしれないと思って 📖

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「怒られないように」から「ちゃんとやる」へ

ある時期から、少し意識を変えた。「怒られないように動く」より「自分がちゃんとやったと思えるかどうか」を基準にしようと決めた。

それでも怒られることはあった。でも、「自分がちゃんと動いた上での怒られ方」と「怒られないために縮こまって動いていた上での怒られ方」は、自分の中での納得感が全然違った。前者はまだ消化できるし、「次はここを直そう」に変換できる。後者は、「どうしたらいいかわからない」で終わってしまう 😔

怒られることを全部ゼロにはできない。でも、「怒られないため」を目的にして動くと、だんだん何のために仕事しているのかわからなくなる。

上司が変わっても、自分の軸は変わらない

今は以前の上司とは違う環境で働いている。それでも、新しい上司に対しても最初は「どこで怒るんだろう」を探していた気がしてる。習慣って抜けにくい。

でも最近は、「この人がどこで怒るか」より「自分が何をちゃんとやりたいか」の方に意識を向けられるようになってきた。完全じゃないけど、怒られることへの恐怖に仕事を操作されることは、少し減った気がしてる。


上司に怒られるのが怖くて萎縮しているとき、「もっと強くならなきゃ」と思いがちだった。でもそれより先に、「怒られることに意識を持っていかれすぎている」ことに気づく方が大事だった気がしてる。

怒られることへの恐怖は、仕事への真剣さでもある。でも、それが動き方の全部を決めてしまうと、だんだん仕事が「怒られない競技」になっていく。そこから少しずつ離れていくのに、私は2年くらいかかった。

Yuki

このサイトの編集リーダー。アナウンサーを目指した過去を持つ29歳。大手メーカーからスタートアップへ転職した現役営業職。休日はカフェで充電しながらキャリアについて発信中。

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