転職で年収が下がっても後悔しない人の考え方。900万を手放して気づいたこと


転職で年収が下がることへの後悔はあるか、とよく聞かれる。正直に言うと、ない。

あのころの僕はかなり恵まれていた。

外資系コンサルに入って3年。プロジェクトは大手メーカーや金融機関の業務改革が中心で、クライアントの役員クラスと直接やりとりしながら、資料を作って、数字をこねて、提言をまとめる仕事だった。20代後半で年収は900万を超えていた。同期も優秀で、仕事の難易度も高くて、「いいキャリアを歩んでいる」って、客観的には思えるような状況だった。

でも、なんか違うな、とずっと感じていた。このまま続けていいのか、という不安が、帰りの電車でふと顔を出すようになっていた。恵まれているのは分かってる。それでも、このキャリアでいいのかという迷いは、消えなかった。

外資コンサルの「中身」について

コンサルの仕事は、基本的にかなり地味だ。誤解されがちなんだけど。

朝9時に出社して、Excelとパワポと向き合いながら、データをひたすら整理する。クライアント先に常駐していれば、朝から晩まで会議室にこもって、ロジックを詰める。週末も資料のレビューが来る。「華やかな仕事」というより、「知的な肉体労働」に近い感覚だった。

それ自体は嫌じゃなかった。むしろラグビーでしごかれてきた体には、ハードな環境の方が向いていた。問題はそこじゃなかった。

問題は、誰のために何をやっているのかが、ぼんやりしていたことだった。

プロジェクトが終わると、また次のプロジェクト。クライアントが変わって、業界が変わって、また数字をこねる。成果物は納品されるけど、その先で誰かの人生がどう変わったかを見届けることは、ほぼない。「大きな組織の精度の高い歯車」として動いているのは分かるんだけど、それで満足できない自分がいた。

何かが足りないと気づいたのは、帰りの電車だった

仕事が終わって電車に乗ると、「今日、誰かの役に立てたか」という問いがふと頭をよぎるようになっていた。いつからかは分からない。気づいたら、毎晩そうなっていた。

あるとき、はっきり「なかった」と気づいた。

プロジェクトは回っていた。クライアントの評価もよかった。でも、誰かの人生が少し良くなった、みたいな感覚が全然なかった。ぼんやり窓の外を見ながら、「このまま5年後も同じことを繰り返しているんだろうか」と思った。そのとき初めて、何かが決まった気がした。

転機は、偶然の相談だった

友人から「就活どうしたらいい?」って連絡が来て、数時間話したことがあって。

あのとき、久しぶりに時間を忘れた。相手の話を聞いて、一緒に考えて、「こういう方向性もあるんじゃない?」って言葉をかけたら、「それ聞いてよかった」って言ってもらえた。

帰り道、めちゃくちゃ清々しかった。コンサルで大型プロジェクトを着地させたときとは、全然違う種類の充実感だった。スケールじゃなくて、距離感の問題だったんだと思う。相手の顔が見えて、言葉が届いて、その場で反応がある。その手触りが、僕には必要だったんだと思う。

「あ、僕が好きなのってこっちだ」って、そのとき初めて言語化できた気がした。

年収を下げる決断は、思ったより怖かった

収入は900万円台から300万円台前半まで、一気に下がった。キャリアコンサルタントに転身しようと決めてから、国家資格の勉強を始めながら仕事を探した。最初はキャリア支援の会社に業務委託で関わりながら個人でも相談を受け始めたが、成果報酬型だったので案件がない月は文字通りゼロだった。

親には反対された。「せっかくいい会社にいるのに」って。その気持ちもわかるんです。外から見れば、傍目に羨ましいキャリアだったと思う。僕自身も、手放すのは怖かった。

ラグビーをやっていたころ、監督によく言われていたことがあって。「正しいポジションに立て。そこから逃げるな」って。コンサルで働いていたとき、なんとなくその言葉がずっと頭にあった。僕が立つべきポジションは、ここじゃない気がする、って。

決断したのは、27歳の秋でした。

今、後悔しているか

していない。

……とだけ言うと綺麗すぎるので正直に言うと、収入が下がったときはやっぱりきつかった。フリーランスになってからの最初の数ヶ月は、案件がなくて焦ったし、あのころのスペックのまま転職していればよかったかな、って思った夜も正直あった。スーパーで値段を見て買うものを戻すとか、そういう生活を1年くらいしていた。

でも、誰かのキャリアの転機に関わるたびに、「これをやりたかったんだ」ってなる。その感覚は、年収が高かったころには一度もなかったものだった。

お金は大事だ。生活があるから。でも、お金だけが仕事を続ける理由にはなれなかった。少なくとも僕には。

年収より大事にしたかったもの

一言で言うと、「終わったあとの感覚」です。

一日が終わったとき、今日誰かの役に立てたか。その人の人生が少し前に進む手伝いができたか。それが実感できる仕事がしたかった。

あのころ帰り道に感じていたモヤモヤ——あれが今は「よかった」に変わっている。


転職を迷っている人に、アドバイスをするつもりでこれを書いたわけじゃない。ただ、高収入を手放すことをためらっている人がいたら、「そういう選択をした人間がここにいる」ということを知ってほしかった。

今日も夜に相談が一件入っている。終わったあとの清々しさが、あのころに探していた答えだったと思う。

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Syun

早稲田大学ラグビー部出身。大手外資系コンサルを経て、32歳でフリーランスのキャリアコンサルタントとして独立。サウナとルーティンをこよなく愛する。

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