営業3年目で変わった。数字より先に見えるようになったもの
営業1年目って、とにかく必死だった。
何が正解かわからないまま動いて、怒られて、また動いて。帰りの電車で「今日は何ができた?」って振り返ると、大体「生き延びた」くらいしか出てこなかった。楽しいとか楽しくないとか、考える余裕がなかったと思う。
2年目は、余裕が出てきた分しんどくなった。大口の失注が続いた時期があって、後輩の数字を無意識に比べて、自信がごっそり抜けていく感覚があった。なんか静かにしんどい、みたいな。
3年目に入って、何かが変わった。うまく言えないけど、見え方が変わった、という感じ。
数字より先に「この人に何が必要か」が見えるようになった
1・2年目のとき、商談に入ると頭の中にずっと「どう受注に持っていくか」があった。意識してるわけじゃないのに、自然とそっちに引っ張られてた。
3年目になってから、それが変わった気がする。
お客さんが話してることを聞いていると、「あ、この人は今それより別のことが気になってるんだな」って、先に感じるようになった。無理に受注の流れに乗せようとすると、なんか違う、ってブレーキがかかる感覚もある。
「毎回、嘘はつかない」って決めてることが、やっと自分のペースで機能し始めた感じ。
後輩ができて、自分の型が初めて見えた
チームリーダーになって、後輩に「どうやってるの?」って聞かれることが増えた。
最初は答えられなかった。「なんとなくやってる」としか言えなくて、それが恥ずかしかった。でも説明しようとすると、「あ、私ってこういうふうにやってたんだ」って気づくことが増えて。
半年ぶりのお客さんに連絡するとき、前回の話を必ず掘り返すこと。初対面でトーンを少し落として入ること。感情のテンションを相手に合わせること。
全部、意識してやってたわけじゃなかった。でも後輩に伝えようとしたとき初めて「これが私のやり方か」ってわかった。
言語化って、誰かに教えようとしたときに初めてできるんだな、って思った。
しんどい日との向き合い方が変わった
1年目のとき、うまくいかない日は「やっぱり向いてないのかも」で終わってた。2年目のスランプのときは「このまま続けていいのかな」になってた。数字が出ないことが、自分の価値そのものに見えてた。
3年目になって、それが少し変わった。うまくいかない日があっても「今日はそういう日だった」で区切れるようになってきた。自分の価値と、その日の仕事の出来を、切り離せるようになってきた感じ。
うまく言えないけど、「営業が全部」じゃなくなってきたのかもしれない。仕事は自分の一部で、全部じゃない。そう思えるようになったのが、3年目で一番変わったことかもしれない。
チームリーダーになって、メンバーを見ていると、1年目の自分がしてた顔をする瞬間がある。「あの感じ、わかるな」と思いながら、でも自分はもうそこにいないんだ、ということに気づく。それが、自分が少し変わったという一番の証拠な気がしてる。
「続けることが答えだったのか」はまだわからない
3年目で変わった、と書いたけど、変わったのが「3年だから」なのかは正直わからない。
もっと早く変わる人もいると思うし、スランプの時期があったからこそ今の見え方があるのかもしれないし。
ただ、1年目の私に「3年後にこういう感覚になるよ」って言えたとしたら、少し楽になれたんじゃないかな、と思う。
続けることが正解だったかどうかより、続けた先に見えたものが自分には合ってた。それだけはちゃんと言える気がしてる。
3年目で変わった一番のことって、答えが「続けてよかった」じゃなくて「続けた先が見えた」になったことかもしれない。なんか、そっちの方が正直だと思う。
3年目で気づいた「スランプの使い方」
2年目にスランプがあったから、3年目に変われた部分があると思ってる。
大口の失注が続いた時期、「何がダメだったのか」をしばらく考えていた。商談の進め方が悪かったのか、タイミングが合わなかったのか、そもそも提案が的外れだったのか。当時は全部が自分の責任に見えてたけど、少し時間が経ってから整理してみると、「お客さんの状況が変わっていた」という要因も大きかった。
自分のせいじゃない部分と、改善できる部分を少しずつ分けられるようになってきたのが、2年目のスランプを抜けてからだった気がする。スランプって、ただしんどいだけじゃなくて、「自分がどこで崩れるか」を知る期間でもあった。
2年目のスランプ中に、半年ぶりのお客さんに連絡したことがある。特に理由はなかったけど、「前回の悩み、その後どうなりましたか」と聞いたら「覚えてたんですか」と言われた。数字は全然出ていない時期だったのに、なんかその一件で少し気持ちが戻ってきた。
スランプの中で「自分のやり方で通じた」という手応えが一個あると、そこから引き上げられる感じがある。数字じゃなくて、やり方への信頼感が戻ってくる感じ。2年目のあの一件が、3年目の変化の起点だったと思う。
営業3年目が「基準」になった
3年目を過ぎてから、「あのとき1年目の感覚だったら」という比較軸ができた。
お客さんの話を聞きながら「1年目の私だったら受注を取ることしか考えられなかったけど、今は別のことが見えてる」と感じる瞬間がある。それが成長なのかどうかは正直わからないけど、見えてるものが増えたのは確かだと思う。
見えるものが増えると、楽になる部分と、逆に難しくなる部分が両方出てくる。「この人の困りごとの本質はここじゃない」と気づいたとき、でもそれを伝えてもいいのかどうか迷う場面が増えた。1年目は気づかなかったから悩まなかったことが、気づけるようになったから悩むようになる。成長って、そういうことかもしれない 🌿
3年目を「基準」にして、4年目・5年目の自分がどう変わっていくかは、まだわからない。でも1年目から3年目の変化がこれだったなら、次の3年でまた何かが変わるんだろうと思ってる。変わり続けることが、続けることの意味かもしれない。
営業3年目で変わった、という話を書いたけど、3年という時間が必要だったのかはわからない。スランプがなければもっと早かったのかもしれないし、スランプがあったから変わった部分もある気がする。
「3年は続けてみて」という言葉をよく聞くけど、3年で必ず何かが変わるわけじゃないと思ってる。ただ、1年目と2年目のしんどさを経た後でないと、見えなかったものがある。それは確か。
営業3年目で変わったことが何かあるとしたら、「仕事が自分の一部になった」という感覚かもしれない。1年目は仕事が外側にあって、自分がそれに追いついていく感じだった。3年目は仕事が少し自分のものになってきた感じがする。うまく言えないけど、手触りが変わった。それが、3年目で一番変わったことかなと思ってる 🌿
今の2年目のメンバーを見ていると、あの頃の自分に似た顔をしているときがある。数字が出ない週の金曜の表情とか、大口失注の翌日の沈み方とか。「あの感じ、知ってる」と思いながら声をかけると、当時の自分が少し報われる気がする。3年目になって変わったことの一つは、あのしんどさが「経験として使えるもの」になったことかもしれない。
1年目に感じていた「向いてないかも」は今も完全には消えていない。でもその問いの意味が変わってきた。「向いてるかどうか」より「自分のやり方で続けられてるか」の方が、今の私には大事な問いになってる。3年目ではっきりしてきたのは、そのことかもしれない 🌿