就活で全落ちした後の話。自暴自棄になって、それでも動けた理由


就活で全落ちした後、どうすればいいか全然わからなかった。4月に、内定が一個もなかった。テレビ局と制作会社のESを何十社と出して、最終面接まで進んだ局もあった。それでも、全部落ちた。

周りの友達がSNSに「入社先決まりました🌸」と書き始めたころ、私はまだ何も持っていなかった。しんどかったし、先が見えなかった 😶

就活全落ちのことは前にも少し書いたんだけど、あのころどうやって動き出したかという話は、ちゃんと書いたことがなかった気がして。きれいにまとまる話じゃないし、参考になるかどうかも分からないけど、書いてみる。

1ヶ月、家からほとんど出られなかった

あの時期のことは、あまり細かく覚えていない。

なんか、全部がどうでもよくなった感じがした。就活をやり直さなきゃという焦りは頭にあった。でも起き上がれない日が続いて、外に出る気にもなれなくて。ずっとそういう状態が1ヶ月くらい続いた。

特に何もしていなかった、というより、何もできなかった。昼過ぎに目が覚めて、スマホを開いて、Twitterで友達の内定報告を見て、閉じる。それを繰り返してた。届いたメールに気づいても返信する気が起きなくて、そのまま数日放置したこともあった。

友達の「おめでとう」が言えたかというと、言えてはいたと思う。でもメッセージを打ちながら、少し手が止まった。うらやましかったのか、恥ずかしかったのか、今でもよく分からない。

アナウンサー就活は、それ一本に絞っていた。他の業界の説明会には一度も行かなかった。本気だったのは本当で、だからこそ全落ちしたときに「次どうすれば」という引き出しが何もなかった。

失敗した理由を考えるのもしんどかった。「もっと早く練習を始めていれば」「もう少し他の業界も受けていれば」という「もしも」が出てくるたびに、それを掘り下げること自体が嫌になった。どこかで「でも本気でやったし」という気持ちもあって、それがまたしんどかった。本気でやって全部だめだったという事実が、正面から来すぎた。

当時付き合っていた彼氏にLINEで打ち明けた。ちゃんと返事は来た。「大変だったね」みたいなことを言ってくれた。でもそれから、なんとなく温度が変わった。直接何かを言われたわけじゃない。ただ、距離ができていくのがわかった。

自暴自棄のまま、就活をやり直した

彼氏との仲が冷えていくのと並行して、一般就活をやり直すことになった。

正直、自暴自棄だったと思う。「もうどこでもいい」という気持ちと「でもちゃんとしなきゃ」という焦りが混ざっていて、どっちにも本気になれないまま説明会を回っていた。椅子に座って話を聞きながら、頭の中は全然別のことを考えてたりして。あの時期の会社説明会の記憶が、ほぼない。

志望動機を書いていても、「これを本当に伝えたくて書いてるのかな」という感覚がずっとあった。アナウンサー就活のときは「受かりたい」という気持ちが先にあって、そのために準備していた。でも一般就活のやり直しは、順番が逆になってた。まず動かなきゃ、という焦りだけが先にあって、動機がついてこない。そういう状態でも選考は進んで、大手メーカーから内定が出た。嬉しいという感覚はあまりなくて、「とりあえず決まった」という感じだった。

そのままの流れで、彼氏とも別れた。

別れた後に気づいたことがある。「あ、私ずっと誰かに頼ってたんだ」という感覚。仕事がうまくいかなくても、そばに誰かいてくれれば——という甘えが、どこかにあったんだと思う。それが全部なくなったとき、初めて「自分の足で稼ぎたい」という気持ちが出てきた 🌿

前向きな決断だったかというと、正直そうでもなかった。半分は意地で、半分は自暴自棄から来た踏ん切りだった。それでも、そこから動き始めたのは確かで。

大手メーカーの営業に入って、最初は全然向いてないと思った

入社してしばらくは、「アナウンサー目指してた私がなんでこんなことやってるんだろう」という感覚がずっとあった。

最初は向いていないと思っていた。入社2週間目に件名が空白のままメールを送って(優しく指摘してもらった)、3ヶ月目には大口顧客との商談でメモを取り忘れて上司に怒られた。帰りの電車で窓の外を見ながら泣いた。悔しいとか情けないとか、そういう感情が全部ごっちゃになってた 😔

報告するタイミングが分からなかったのは、1年くらいずっとそうだった。「これは報告するほどのことか」と迷うたびに結果的に遅れて、そのたびに上司の顔色を読みながら話すのを繰り返していた。今思うと、「怒られないように動く」が先に来ていた時期だった。

入社2年目のあたりで上司が変わって、報告を小まめにくれると褒める人になった。それから少しずつ、「怖くて報告」じゃなくて「共有したくて報告」に変わっていった気がする。環境が変わっただけで、だいぶ動きやすくなった。最初の上司との相性が悪かっただけで、営業が向いていないわけじゃなかったのかもしれない。

それでも、向いていないと思いながら続けていたら、少しずつ「これならできるかも」が出てきた。お客さんの前回の話を覚えておいて、次の商談で引き継ぐ。「あ、覚えてくれてたんですね」という反応が積み重なっていった。ゴリゴリに攻めるタイプじゃなくても、続けられた。それだけわかった。

1年ちょっとのころ、半年以上連絡していなかったお客さんから「また相談させてほしい」と連絡が来たことがあった。当時のメモを引っ張り出して、前回何を話したか確認してから電話した。それが初めて「続けていたから、ここにいる」という感覚だった。

アナウンサーを目指していたころは「どう見られるか」ばかり気にしていた。営業をやって初めて、「この人の役に立てたか」を毎日気にするようになった。それが自分には合っていた。夢の形は変わったけど、「人と関わりたい」という根っこはずっと同じだったのかもしれない。

就活全落ちの経験と、営業職に就いたこと。この2つがどう繋がっているかを人に話すのは、今でも少し難しい。「結果的によかった」という言い方だと、しんどかった時期を丸めすぎる気がして。でも繋がってはいる。その事実だけは、今ははっきりしている。

就活全落ちを、今どう思っているか

これは正直まだ整理がついていない部分がある。

「あの経験があってよかった」とも言えるし、「なければよかった」とも言えない。どっちでもない、としか言いようがない。

ひとつだけ言えるのは、あのとき「自分の足で稼ぎたい」と思ったことは本物だったということ。意地や自暴自棄から来た気持ちだったとしても、それが本気で働く最初の動機になった。きれいな理由じゃなくても、動き出すきっかけにはなる。動機なんて、後からきれいになっていくものかもしれない。

ただ、あの4月に何もできなかった時期も、自暴自棄のまま説明会を回っていた時期も、全部引っくるめて「その後」につながっていた。転機らしい転機は特になくて、ただ続けていたら少しずつ変わっていた。何年後かに振り返ったとき初めて「あ、あそこが変わり目だったな」と気づく感じで。

就活に全落ちした後、どうすればいいか——正直な答えは「わからない」しか言えない。しんどい時期は続くし、急に前向きになれるわけでもない。でも少なくとも、動けなくなる時期があっても、それが終わりじゃなかった 🌱

Yuki

このサイトの編集リーダー。アナウンサーを目指した過去を持つ29歳。大手メーカーからスタートアップへ転職した現役営業職。休日はカフェで充電しながらキャリアについて発信中。

Yukiの記事をもっと読む →