ワークライフバランスが取れないまま3年目になった。それでよかったと今は思う
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チームメンバーに「週末はちゃんと休んでね」と言ったその夜、私はソファでスマホを開いて月曜の商談資料を確認していた。
なんか、笑えない話だけど。
ワークライフバランスが取れない、というより、「取れている状態がどういうことか」がずっとわからないまま3年が経った。この記事は、そのことを正直に書いてみようとしたものです。答えはまだ出てないけど。
スタートアップに来てから、オンとオフの境界がなくなった
大手にいたころは、できていた。
定時になったら帰る。週末は週末。仕事のことを引きずったとしても、月曜の朝リセットする感覚があった。周りにも「ちゃんと切り替えてる人」がたくさんいて、それが普通だった。退勤したら連絡が来ることもほぼなかったし、来ても「月曜に対応します」と言える空気があった。
スタートアップに転職してからは、その境界線がいつの間にか消えた。
入社して1ヶ月くらいのころ、朝起きたらまずSlackを確認するのが習慣になっていた。終電で帰って、翌朝7時にベッドの中でスマホを開く。「返し忘れたことがあったら嫌だから」というのが理由だったけど、実態は不安の解消だった。返すべきものがないことを確認して、少し落ち着いて、また寝る——それを繰り返してた 😶
「仕事を持ち帰っている」という感覚すらなくて、仕事と生活の区別が溶けていた、というのが近い。
それが悪いことだとも思っていなかった。スタートアップってこういうものだし、みんなそうだろうと思っていた。同僚も夜遅くにSlackを投げてくるし、代表はもっとアクティブだし。そういう空気の中で、自分だけ切り替えようとする方が浮く気がしていた。
「仕事とプライベートのバランス」という言葉を聞くたびに、自分には関係のない話だと思っていた。バランスを考える余裕がある人の話、みたいな感じで。
プライベートが「仕事からの逃げ場所」になっていた時期
入社2年目の春ごろ、大口失注が続いた時期があった。
数字が落ちていく感覚があって、でも誰にも言えなくて、週末だけが「仕事から少し離れられる時間」だった。友達とカフェに行っても、話の半分くらいは上の空で、「あの案件どうしようかな」を脳のどこかで考えてた。楽しいはずの時間が、仕事の不安から一時的に逃げるための時間になっていた。
プライベートを「休む時間」として使えていなくて、「仕事のことを考えなくていい理由」として使っていた。今振り返るとそう思う。
その春が終わってから、しばらく経って友達に「あのころ、なんか会っても遠かった気がした」と言われた。自分ではそんなつもりなかったけど、そう見えてたらしくて。仕事がしんどいと、プライベートの場所にまで持ち込んでいるんだなと気づいた。
ワークライフバランスが取れないって、「仕事時間が長い」という話だけじゃないと思う。プライベートの時間はあるのに、頭の中が仕事から離れていない——そっちの方がじわじわ消耗する。体は休んでても、脳が休んでいない状態。
リーダーになってから、余計によじれた
チームリーダーに就任してから、おかしなことになった。
「皆、ちゃんと休んでね。週末に仕事のこと考えすぎないようにね」と言う立場になった。それ自体は本心で、メンバーには本当にそうあってほしかった。でも言った本人が実践できていないというか、できていない自覚があるまま言っていた。
あるとき、メンバーのひとりが「先週末、ちょっと仕事のことで頭がいっぱいで休めなかったです」と話してくれた。「わかる、そういうときあるよね」と返しながら、私は前の土曜の午前中に商談のシミュレーションをしていたことを思い出してた。
どっちが先に言われてるのかわからなくなってきた 🌿
「バランスを取れ」と言う側になって初めて、自分がどれだけ取れていないかに気づいた。
正直に言うと、リーダーになってから余計に切り替えが下手になった。メンバーの案件も頭に入ってきて、「自分の仕事だけ考えてればいい」という状態じゃなくなったから。休日に浮かんでくる仕事の量が、シンプルに増えた。
誰かに「Yukiさんって、うまく仕事とプライベート分けてますよね」と言われたことがあった。見え方と実態がここまで違うものかと思った。たぶん私が「仕事の顔」と「プライベートの顔」を使い分けているだけで、脳の中では全然分けられていなかった。
「バランス」の意味を、たぶん勘違いしてた
3年目になって、少し考え方が変わったことがある。
「ワークライフバランス」って、仕事とプライベートを5対5で均等に持てることだと思ってた。でもそれって、かなり理想的な前提の話で、現実はその時期によって比率が全然違う。新製品のローンチ前の1ヶ月と、落ち着いた2週間では、同じ「バランス」にはならない。
そういう意味で、バランスを「均等に保つこと」として追いかけていたのが間違いだったかもしれない。
リーダーになって1年が経つころ、『エッセンシャル思考』(グレッグ・マキューン)を読んだ。「より少なく、しかしより良く」という考え方が核心にあって、全部をちゃんとやろうとすること自体が消耗の原因だという話だった。バランスを均等に保とうとするのは、全部を同じ優先度で抱え続けようとすることに近い。それが無理だったのかもしれないと、読んで初めて腑に落ちた 📖
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今は「ちゃんと回復できてるか」を基準にするようにしている。仕事が重かった週は、週末にしっかり休む。軽かった週は、仕事のことを少し考えてもいい。均等じゃなくて、消耗と回復のリズムが崩れていないかを見る感じ。それができていれば、バランスが取れているんだと、今は思っている。
完全に答えが出たわけじゃない。今もよじれる週はある。
ひとつだけ変えたことがある。週に一回、「今週ちゃんと休めたか」を自分に聞くことにした。YESかNOかだけ。どんな理由があったとしても、NOが続いたら何かを減らすサインにしている。
仕組みとしては大したことじゃないけど、「どこかで意識する場所を作る」だけでも、なんとなく続けているよりマシだと思ってる。
あとは、週末の朝に「今日は仕事のことを考えてもいい時間」と「考えなくていい時間」を大まかに決めること。全部シャットアウトしようとすると、逆に気になって疲れる。「午前中だけ30分確認していい」と決めると、むしろそれ以外は手放せた。完璧に切り替えるより、意図的に隙間を作る方が私には合っていた。
ワークライフバランスが取れないまま3年が経って、わかったことが一個だけある。
「バランスが取れていない」と自覚できていること自体は、悪いことじゃない。自覚すらなく消耗し続ける方が、ずっと怖い。気づけているなら、少しずつ変えられる。
チームのメンバーに「ちゃんと休んでね」と言い続けながら、私は今日も帰りの電車でスマホを開いている。まったく解決してないけど、「バランスが取れていない日があること」を責めなくなったのは、たぶん進歩だと思ってる 🌱
多分。