仕事で頭が疲れやすい。考えすぎが止まらなかった話


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特別に忙しかったわけじゃないのに、なんかしんどい。そういう状態が続いていた時期がある。

夕方になると、頭が空っぽになっている。仕事の内容というより、頭を使い切った感じ。家に帰っても何も考えられなくて、ぼーっとしたまま夜が終わる——それが続いていた。

「何を処理してたんだろう」と考えた

頭が疲れる原因がよくわからなかった。

タスクは多くない、商談の数もそれほどでもない。でも疲れる。「体力がないのかな」と思いつつ、なんか違う気もしていた。

あるとき、1日でどれくらい「相手の気持ち」を考えているかを意識してみた。

お客さんのトーンが変わったとき「嫌がられた?」。上司の返信が短かったとき「怒ってる?」。それが一日中続いていた。仕事の内容より、相手の反応を処理することに頭を使っていた 😶

昼休みにコンビニに行って戻ってきたとき、「あの返信、もう少し柔らかく書けばよかった」と思い出した。それだけ。でも午後の2時間、ずっとその返信のことが頭の端にあった。お客さんと話しながら、画面の奥に「さっきのメール」が残っていた。タスクの量より、こういう「気になったまま残っているもの」の方が、よほど消耗する。

「相手の課題」を自分で引き受けていた

相手がどう感じるかは、相手が決めること。頭ではわかってる。

でも実際には、「相手がどう感じるか」を先回りして考えて、対策を立てて、それでもまだ気になって——を繰り返していた。相手の感情を自分でコントロールしようとすること自体が無理で、その無理なことに頭を使い続けていたから疲れた。単純な話だった。

そのころ読んでいた『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健)に、「相手がどう感じるかは相手の課題で、自分にはどうにもできない」という話が出てくる。課題の分離——頭の疲れの正体は、相手の課題を自分のものとして処理しようとすることだったんだと、そう読んで少し整理がついた 📖

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全部を同じ精度で処理しなくなった

「相手の反応を気にしない」は無理だった。気になるものは気になる。

ただ「これは相手の課題だから、今日は手放す」と一瞬だけ思う練習をするようにした。うまくできない日の方が多いけど、「あ、これ相手の課題か」と気づけた瞬間、少し頭の動きが止まる 🌿


「今日は誰かの感情を処理しすぎた」と気づける日が増えてきた。疲れた理由が見えると、翌日少しだけ配分を変えられる。

「相手の反応を気にすること」が完全に悪いとは思っていない。そこに敏感だったから、お客さんの変化に気づけた場面もあった。問題は全部に同じ重さで反応していたことで、処理しなくていいものまで処理しようとしていたことだった。今でも完全にはできないけど、「これは反応しなくていいやつだ」と判断できる回数が、少し増えてきた気がする。

気にしすぎる自分は、正直あまり変わっていない。先週も、上司の返信が短かっただけで午後ずっと引きずった。変わったかどうか、まだよくわからない。気にしすぎることと、気にしすぎている自分に気づけることは、別の話なのかもしれないけど。

ただ「疲れた理由」だけは、少し見えるようになった気がしてる。見えたからといってすぐ変えられるわけじゃないけど、それで十分かどうかも、まだわからないけど 🌱

Yuki

このサイトの編集リーダー。アナウンサーを目指した過去を持つ29歳。大手メーカーからスタートアップへ転職した現役営業職。休日はカフェで充電しながらキャリアについて発信中。

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