仕事のミスを引きずってしまう。切り替えられない自分と向き合った話
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仕事でミスをすると、しばらく引きずってしまう。切り替えが難しい。
商談での言い間違い、報告のタイミングのズレ、資料の数字のミス——大小関わらず、何かやってしまったあとは頭から離れなくて、家に帰ってからも「なんであんなことしたんだろう」がずっと続く。
翌朝もまだ引きずっていて、次の仕事に集中できないまま一日が終わる。そういう日が、何度もあった。
ミスへの落ち込みが止まらなかった
入社3年目、営業リーダーになったころが一番しんどかった。
自分だけのことじゃなくてチームの動きにも責任を感じていたから、チームのミスもどこか自分のミスとして受け取るようになっていた。何かうまくいかないことがあると、「私がちゃんとしてなかったから」と結びつけてしまって。
夜、気がついたら2時間ずっと同じことを考えている。「もっとこうすればよかった」「あのタイミングで気づけなかった自分が情けない」——反省が、反省じゃなくて自己否定になっていた。
そのころ読んだ『反応しない練習』(草薙龍瞬)に、「悩みが止まらないとき、人は同じ「判断」を繰り返しているだけだ」という話が出てくる。「情けない」「なんであんなことを」——それは事実を見ているんじゃなくて、自分への否定的な判断を繰り返している。気づいたとき、少し角度が変わった 📖
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切り替えようとするほど切り替えられない
「ミスを引きずらないようにしよう」と思うほど、引きずっていた。
「もう考えるのをやめよう」と決めても、気づいたらまた考えている。意志の問題じゃないと頭ではわかっていても、「切り替えられない自分がダメ」と思う気持ちが出てきて、落ち込みがさらに深くなる。二重に消耗するやつ 😔
「目的論」という言葉を知ったのも、同じころだった。『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健)で出てくる考え方で、人は過去の原因で動くのではなく、今の目的のために行動する——という話。ミスを引きずり続けることにも、何かしらの「目的」があるかもしれない、という視点。
「引きずることに目的なんてない」と最初は思った。でも、「ミスを丁寧に振り返ることで次に活かしたい」という気持ちが、引きずることの裏にあったかもしれないと気づいて。それは反省なんだけど、同じところをぐるぐる回るだけだと消耗になっていた 📖
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反省すること自体は悪くない。ただ、同じ場所をぐるぐると回り続けることは、反省じゃなくて消耗になっていた。
「何を直すか」に変換したら少し楽になった
あるとき、引きずっているとき「これ、同じこと考えてるな」と気づいたタイミングで、「で、次はどうする?」に変換することを試すようにした。
「なんであんなことをしたんだろう」→「次の商談では最初に確認を入れよう」 「あのタイミングで気づけなかった」→「週次でチェックする項目を一個増やそう」
行動に変換できたら、引きずりが少し薄まる感覚があった。ぐるぐると考えていたエネルギーの向け先が、少し変わった気がして 🌿
全部すぐに変換できるわけじゃない。でも「これはもう引きずっても何も変わらない、次に活かすことだけが残ってる」と思えると、少しだけ手放しやすくなった。
ミスを引きずるのは、真剣だから
今でも、大きなミスをすれば落ち込む。翌日まで残ることもある。
でも最近は、「引きずってしまった」より「引きずりながらも次の日出社できた」に目がいくようになってきた気がしてる。引きずることと、動き続けることは、同時にできる。どちらかを諦めなくていい。
ミスを引きずってしまうのは、仕事に誠実に向き合っているから。どうでもいいことは、そもそも引きずらない。
今もミスをした日は、翌朝まで少し引きずって出社することがある。完全にゼロにはなっていない。
でも「引きずること」と「次の日動くこと」が同時にできるようになってきた気がしてて。引きずりながら出社して、その日なんとかやって、それを繰り返してきた。あのころより少しだけ、自分のことを信頼できるようになってきた気がしてる 🌱